ウユニに着いた
夜明け頃、バスが停車したので、外へ出てみた。
もうそこは、ウユニらしい景色が広がり始めていた。
遠くに来た感じがして、なんだかわくわくした。
こんな風に、夜明けを見ることも、ましてや写真に撮ることも、日本にいる時は、なかなかない。
サヨはいつも、一人で旅へ出て、こういう景色を見ているんだなと思った。
完全にウユニの町へ着くと、しばらくして穂高ツアーの車がやってきたので、
乗せてもらうことにした。
たいして走らないうちに、あっという間にオフィスに到着した。
日本人が多く利用しているツアー会社だ。
でも、穂高のおばちゃんは、日本語は話せず、その代わりに英語はペラペラだった。
ここまで一緒にバスで来たメンバーとは、ウユニ後の予定がみんな違うので、
どうなるかなと思ったけど、最終のツアーまでこのメンバーで行けることが決まった。
S君が、率先して交渉してくれた。
穂高だけじゃなく、メイン通りには、ウユニ塩湖へのツアー会社がたくさん並んでいる。
ツアーに行けることが決まったので、みんなで一緒にドミトリーを探しに行った。
サヨが、穂高のおばちゃんにお勧めの宿を聞いて、すぐそばのアベニーダに行ってみることにした。
僕は英語は、ほぼ話せないけど、ペラペラな人がいると、
なんとか自分で聞けそうなことでも、途端に話せなくなるということを身を持って知った。
それは、僕が英語に対して自信がないからだろう。
宿は、ホットシャワーも使えて快適だった。
そして、10:30ウユニ塩湖へのツアーが始まった。
穂高のすぐ前の大きな通りに、ツアーへと行くジープが停まっていた。
このオブジェの前から始まった。
ここで、新たな仲間が一人増えていて、Aさんに出会った。
2ヶ月間で、世界一周をしている人だった。
7人を乗せて、車はまず列車の墓場と呼ばれている所に到着した。
廃線になってしまった線路もそのまま残されている。
どのくらい古いのか分からないが、アンティークな感じの列車がたくさ廃棄されるかのように置かれている。
ここで、みんなは動かない列車の上に登ったりして遊んだ。
僕は、登らなかった。
高所恐怖症ではないけれど、登らなかった。
正直、登ってみることに興味がなかった。
なので、はしゃぐみんなを撮るカメラマンに徹した。
結果、みんなの楽しそうな写真がたくさん撮れたので、一人くらいはそんな奴がいてもいいのかもしれないと思った。
そして、その後は、長靴をとりに小さな小屋へ寄った。
ウユニの鏡張りの中を歩くのに、長靴は必要だ。
サヨは、出発前、黄色い長靴を買いたがっていた。
でも荷物になるし、ウユニ以外では役に立たなそうなので、どうしようかと言っていたが、
結局、レンタルしてくれるらしいという情報を信じて、用意してこなかった。
でも、ここで黄色い長靴が見つかって、凄い嬉しそうにしていた。
そしてまた、車は悪路を通りながら、ウユニの塩のある場所へと向かった。
遠くに白い風景が見えてきただけで興奮した。
I君は、やたらと運転手にからんでいた。
悪い人ではないが、若干からみ方が執拗すぎて運転手はイライラしているんじゃないかとずっと心配している。
そして、お土産屋のある村に寄った。
ここは、土産物も売っているけれど、普通の村だった。
おばあちゃんだろうか、抱っこされて嬉しそうにしている可愛い子供がたくさんいた。
サヨは、嬉しそうに塩を買っていた。
そして寒すぎるので、毛糸のポンチョも買おうとしていた。
僕はそれを頑張って値切ってみた。
石もあるが、塩で作られているものも多いらしい。
この村には、犬もたくさんいて、僕達の車におしっこをかけていた。
金持ってるなら、エサくれって意味だったのかもしれない。
そして、まだまだ序の口の塩湖で停車。
間欠泉ではないけど、温泉が湧き出ている所があった。
途中、S君は、穴にはまり、
なぜか酒を買ってきたI君が、みんなで乾杯をしようと言いだした。
僕は、酒が凄く弱い。
そして、標高の高い場所で飲むと、普通よりさらに酔うらしい。
そんな心配をこっそりしながら、ビール缶を使ってトリック写真を撮ろうとしたけど、
全然だめだった。
とりあえずビールをちびちびと飲んだ。
しかも女性陣は、みんなお酒が飲めない3人だったので、代わりにS君とI君が飲んでいた。
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